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東京高等裁判所 昭和58年(行コ)26号 判決 1986年7月16日

控訴人兼附帯被控訴人(原告) 斉藤博

被控訴人兼附帯控訴人(被告) 東京都

主文

一  原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、金三〇七万一〇一八円及びこれに対する昭和五三年八月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その四を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決は第一項1に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金六五〇〇万円及びこれに対する昭和五三年八月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  第2・3項につき仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却

三  附帯控訴の趣旨

1  原判決中、被控訴人敗訴部分を取消す。

2  控訴人の本訴請求を棄却する。

3  附帯控訴費用は控訴人の負担とする。

四  附帯控訴の趣旨に対する答弁

附帯控訴棄却

第二当事者の主張及び証拠

原判決事実摘示及び当審証拠目録記載のとおりである。ただし、次のとおり付加訂正する。

一  原判決三枚目裏一〇行目以下四枚目表四行目までを次のとおり改める。

「 本件土地に対する損失補償額は、収用手続開始の告示の時における一平方米当りの価格一九万七五〇〇円に本件土地面積一七五・八〇平方メートル並びに法七一条による修正率一・〇八〇六を乗じた三七五二万一一〇六円とすべきである。従つて、被控訴人主張の補償額との差である二八三万二六七九円が未補償である。」

二  同六枚目裏二行目から七枚目表三行目までを次のとおり訂正する。

「 (八)ただし、当審においては、本項の損失補償については、原判決認容額以上の金員を請求しない。

3 残地補償

原判決添付別紙一記載の土地(以下「A画地」という。)は、マーケツト適地であり、本件土地が収用されると右A画地から本件土地を除外した残りの部分の土地(以下「B画地」という。)はもはや単なる独立商店用の土地になり、価額は下落する。従つて、マーケツト適地たるA画地の一平方メートル当たりの価額一九万七五〇〇円からB画地の正常価額である一七万五〇〇〇円を控除した二万二五〇〇円にB画地の面積一五九・〇二平方メートル及び修正率一・〇八〇六を乗じた金三八六万六三三二円が残地補償として補償されなければならない。

4 営業規模縮小による損失

控訴人は、仙台屋ストアの商号で、本件A画地上に建物二棟(以下「A棟B棟」と呼ぶ。)を有機的に一体として組み合わせたマーケツトを経営していたところ、本件収用により右経営が不能となり、本件残地において経営規模を縮小して酒類販売を専業とせざるを得なくなつた(酒類販売業は地域規制のある業種であり、かつ、本件土地の近傍に同業種に必要な土地の入手が不可能であつたからである。)。

そこで、控訴人は、建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準(昭和三八年建設省訓令第五号)を類推適用して次の補償を要求するものである。

(一)  固定資産の売却損 一五八三万二〇〇〇円

前記のとおり、仙台屋ストアの建物A・B両棟は本件収用により残地に併存させることは物理的に不可能となつたのであるから、控訴人が使用しないB棟は除却されることとなる。この除却損一四七四万四二〇〇円並びに右建物除却に要する費用一〇九万円の合計が補償の対象となるべきである。

(二)  テナントの明渡費用 二一五九万三七五〇円

仙台屋ストアの規模縮小により、本件建物Bは除却せざるを得ないのであるから、本件建物Bに居住し、店舗を有するテナントも明渡を余儀なくされる。控訴人はテナントに対し明渡訴訟を提起し、裁判上の和解により前記金額を支出して解決したものであるから、右金員はテナント明渡費用として客観的に妥当な金額である。

(三)  右の(一)(二)の合計 三七四二万五七五〇円

六 未補償損失額の合計

以上のとおりであるから、控訴人に対して支払われるべき未補償損失額は、土地に対する損失補償として二八三万二六七九円、残地補償として三八六万六三三二円、営業規模縮小による損失補償として三七四二万五七五〇円の合計四四一二万四七六一円及びこれに対する明渡期限後の昭和五三年八月二九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金である。」

三  同七枚目表六~七行目の「本件土地の側道加算の割合が二パーセントであり、」を削り、八行目の次に次を加える。

「1 残地補償について

(一)  控訴人の主張は中平鑑定に依拠するものであるが、同鑑定は、本件土地の最有効使用をその南側に接するB画地と一体化して木造二階建市場型建物の敷地であるとしたうえで本件土地の価格を求めたものであるところ、右は市場という特別の用途に用いることを前提として生じる価値を考慮したものであるから失当である。

(二)  さらに、同鑑定は、本件土地が市場用地であり、その収益性が独立店舗に比較して高く、従つて土地に帰属する収益が高いとしながら市場用地としての本件土地の価格を求めるについて開口率にのみ依拠し、土地の収益価格を考慮していないのは疑問である。

(三)  さらに、本件建物Aと残地上のB建物(貸店舗)とは営業主体が別であり、建物AB両棟を控訴人において酒類販売業のために使用しているものでもない。控訴人の営業は、残地上の店舗とは独立して残地外において継続可能であり、他方、残地上の店舗も同所で独立して営業可能であるから、控訴人の店舗(建物A)の移転に当たつて貸店舗(建物B)も同時にこれと併わせて移転させなければならない必然性はない。要するに、建物AB両棟は、相互に同一目的のために有機的に結合し一体となつているものとはいえない。

(四)  被控訴人は、本件建物Aのみを移転させたが、これとともに控訴人の従前の営業成績を維持するための補償、すなわち営業補償をしたのであるから、控訴人主張のような損失補償は必要としないのである。

2 営業規模縮小による損失補償について

本件土地に存在する建物Aは、残地であるB画地に建物Bが存在するので、その規模を縮小して残地に移築することは不可能であるから、残地外へ移転する構外移築工法を採用することによつて従来どおり建物Aを再築することが可能になる。さればこそ、被控訴人は本件建物Aの移転料の算定に当つては構外移築工法によるものとしたのである。従つて、本件においては、営業規模縮小の補償は不必要である。」

四  同三〇枚目表の三行目及び八行目の末尾にそれぞれ「(分筆前)」を加える。

理由

一  当裁判所は控訴人の本訴請求は主文第一項1の限度で認容し、その余の請求は棄却すべきものであり、被控訴人の本件附帯請求は棄却すべきものであると判断する。その理由は原判決の理由(一ないし三)と同一であるからこれを引用する。ただし、次のとおり付加訂正する。

1  原判決二一枚目表五行目の「評価している」の次に「(同鑑定主文に一平方メートル当たり二一万二六一五円との記載は誤記と認める。)」を加える。

2  同二三枚目表三行目の「川越街道」を「川崎街道」に改める。

3  同二三枚目表一〇行目から二四枚目表一〇行目までを次のとおり改める。

「(四) 当裁判所の判断

被控訴人主張にかかる<B>路線価一七万九〇〇〇円については前示の算出方法は合理的であり、右金額は路線価として妥当であるというべきである。しかしながら、本件土地の側道加算率を二パーセントと判定したことについては低きに過ぎるきらいがあり、証人西村正の証言(当審)によるも合理性があるとは認められない。

すなわち、成立に争いのない甲第一四ないし第一六号証によれば、都収用委員会が依頼した鑑定人三名による鑑定では、いずれも本件土地の側道加算率を八パーセントとする点で一致しているのであり、成立に争いのない乙第二ないし第四号証によれば、被控訴人(南多摩建設事務所長)が依頼した鑑定人の鑑定においても、三名のうち二名が二パーセント、一名が二・五パーセントの判断を示しているのであり、いずれも被控訴人の主張する二パーセントよりも高率の評価を下しているところである。

そこで当裁判所は、以上の諸鑑定に、証人中平富夫の証言により真正に成立したと認められる甲第五号証(控訴人代理人の依頼した中平富夫鑑定人の鑑定書)の評価した二・五パーセントを加え、これらを総合勘案し、その平均値としての五パーセントを以て本件土地の側道加算率とするのが相当と考える。

よつて、本件土地の価額は前記<B>路線価に右側道加算率を乗じた一八万八〇〇〇円となる(百円未満切上げ)。さらに、これに面積一七五・八〇平方メートルと、法七一条の規定による修正率一・〇八〇六を乗じた三五七一万四二六二円が本件土地の価額というべきである。

(五) 以上により、本件裁決が本件土地に対する損失補償額を三四六八万八四二七円と認定したのは違法であり、未補償損失額は一〇二万五八三五円であるというべきである。」

4  同二八枚目裏四行目の次に次のとおり加える。

「(四) 残地補償について

法七四条所定の残地補償とは、一団の土地の一部が収用された結果、収用の対象とならなかつた土地の部分の面積が狭少または不整形となつて利用価値が減少する場合に、土地所有者の受けるべき損失補償をいうものと解すべきところ、控訴人の主張する本件土地を含むA画地が同法条にいう一団の土地に当たるとしても、右土地のうち収用の対象となつた本件土地を除くその余の土地、すなわち、控訴人が残地と主張するB画地は、面積一九八・七〇平方メートル(実測)であつて、到底狭少とはいえず、もとより不整形地とも認められない。

よつてその余の点につき判断するまでもなく、控訴人の右主張は失当として採用することができない。

(五) 営業規模縮小による損失について

控訴人は、本件建物AB両棟が有機的に一体化した構造であることを前提として右損失補償を主張するけれども、成立に争いのない甲第六号証の一ないし一〇、控訴人本人尋問の結果を併せると、控訴人は、酒類販売業をA・B両棟を使用して経営しているわけではなく、建物Bは貸店舗であつて、AB両棟のそれぞれの店舗の営業主体は別ということができるし、かつ、控訴人の営業はB棟でなければ継続できないとは到底認められないのである。

よつて、控訴人の主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当として採用することができない。」

二  以上の次第で、控訴人に対する損失補償額は、合計六五八三万八三三七円(土地に対する損失補償 三五七一万四二六二円、土地に対する補償以外の損失補償 三〇一二万四〇七五円の合計)が相当であり、控訴人の本訴請求はこれから本件裁決の損失補償額六二七六万七三一九円を控除した三〇七万一〇一八円及びこれに対する明渡期限後の昭和五三年八月二九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとして、原判決主文一、二項を右のとおり変更し、被控訴人の本件附帯控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 武藤春光 菅本宣太郎 山下薫)

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